◆改訂版 鈴木ビネー検査発行の目的
2007年改訂版作成の目的
鈴木治太郎は、昭和31年版の序のなかで「私は、絶えずこの尺度の標準の正確度について自分の実験はもちろん、他の多くの有力な方々がこのスケールを利用して下さった実験結果を参考にしてその検証を続けているが、標準を改める点はいまなお発見しない」
〈途中略〉
確かに「鈴木ビネー式知能検査」は、鈴木が二十数年の歳月をかけ、16,000名以上の精密な個別測定の実験検証を継続したものであることから、実際使ってみると正確で有効であったし、検査の所要時間も短いので子どもがテストに集中している間に終えられるなどの理由から 根強く使用されてきたテストである。しかし、〈途中略〉
この間の日本の社会状況は大きく様変わりし、子どもたちの発達加速化現象も著しく、その結果いまの検査問題は現代の子どもや成人の知能発達を測定するには不適当で、時代と乖離したものとなっている。時代的に受け入れられない問題内容や現代の生活様式に当てはまらない絵画や用具類も見られる。
以上のような理由から、現代の子どもたちの知能発達を測るにふさわしい検査に一新するため、標準化を基本から見直すことが今回の目的である。
(小宮三彌筆より抜粋)
◆『改訂版・鈴木ビネー知能検査』の出版によせて
世界で最初に知能検査が創案され、今日でも広く各国で使用されているのは、ビネー検査である。この検査は、1905年フランス文部省から委託されて心理学者のビネー(Binet,A.)と医師シモン(Simon,T.)とが作成したBinet-Simon-scaleである。それをアメリカのスタンフォード大学のターマン(Terman,L.M.)がメリル(Merril,M.A.)の協力を得て、スタンフォード・ビネー知能検査(Stanford-BinetTest1916年)の米国版を出版している。それを鈴木治太郎博士が1930年に鈴木ビネー知能検査(「実際的・個別的智能測定法」)として日本版を作成した。その後、田中寛一博士がStanford-BinetTestの改訂版を1947年に田中ビネー式知能検査として公にし、両検査がわが国の児童相談所・教育相談所や臨床心理学系大学の心理臨床センター等で広く利用されてきた。
ところが、鈴木ビネー知能検査は、1948年(昭和23年)版以後、今日まで約50年が経ているのに改訂されずにきた。それまでは、鈴木治太郎博士は長年に渡り、尺度作りに情熱を燃やし、被検者も16,000名という多数を対象に研究し、学校教育に役立つ、心理統計的にも正確な知能検査を作成してきたのである。検査内容は、フランス、アメリカ等の子どもとの各問の比較研究が精密に数量的に明示してあり、学術的にも高く評価されてきた検査である。 実施が簡便であって、短時間に使い易く、安価でもあった。 知的障害児の知能測定や教育措置・障害児の福祉手当の判定などに正確で、最適の検査であった。
そこで今回、小宮三彌・塩見邦雄・末岡一伯・置田幸子先生ら、鈴木ビネー研究会の方々が、次のような改訂をしつつ、6年間にわたり標準化しなおして改訂版を出版されたのである。
(1) 鈴木治太郎博士の精神はそのまま受け継ぎ、鈴木ビネー検査の特徴や内容については、この改訂版に引き継いでいる。
(2) 現代の時代に即し、知能検査の問題内容と尺度を作成している。
(3) 検査材料、図版や絵カード、検査用具などは新しくし、時代に即して一新している。
(4) 問題数を76問から72問に減少し、短時間に実施でき、しかも正確な知能判定ができるよう改善してある。
鈴木治太郎博士は、大阪教育大学天王寺分校の教諭であり、大阪市視学、大阪市立児童教育相談所長など教育実践家であった。しかし大変学術的で知能検査を中心に知的障害児、学業不振児、優秀児童等の研究に貢献されている。その成果を、東京大学、京都大学などから招聘されて特別講演もされている。そして、京都大学文学部から「文学博士」を授与されている。
田中寛一博士も先生の米寿の記念誌「鈴木先生と知能測定尺度遍歴(昭和37年4月4日)」の中で、「大正9年に1つの尺度を出されて以来、修正に修正を加え、昭和23年『実際的・個別的智能測定法』を出されるまで、実に28年間、うまず、たゆまず一途に測定尺度の完成に向って努力された。この尺度の特徴は第1に、最初に検査された被検者数が16,000名という多数であったことで、これは外国にも、その例を見ない。第2に『知能測定尺度の客観的根拠』において示されているように、いつも数量的統計的に成績を処理されたことである」と賛美「また、人から尊敬され、包容力があり、愛情に富み、指導力のある人格者である」と讃えておられる。
教育界が2003年3月に「特殊教育」から「特別支援教育」への転換がされたが、本検査は効果的な教育支援体制づくりに、大変役立つ心理検査である。広く教育界・福祉領域で利用されることを期待したい。
2007年4月
東京福祉大学大学院教授
元筑波大学心理学系教授
松 原 達 哉